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新案スポーツ双六(1929)

1928sugoroku

『朝日』第1巻第1号附録(昭和4年1月発行)。編集局/案、中村進/画

 

スポーツ双六からみる社会・世相③ ~世界へ雄飛する日本スポーツ~  

 日本選手が国際的な活躍を見せ始めた時代に発行されたのが、『新案スポーツ双六』(1929)です。

 「ふり出し」は、日の出の勢いであった吉岡隆徳選手のイメージでしょうか。1930年極東選手権の男子100メートルで日本選手として初優勝を遂げ、1932年のロサンゼルス五輪でも6位入賞を果たし、“暁の超特急”として名をはせました。

 1コマ進んでテニス。左端の人物は1932年から2年連続、ウィンブルドン大会シングルスで4強入りした佐藤次郎選手を彷彿させます。戦前の日本はテニス強豪国の一つに数えられていました。水泳も1932年ロサンゼルス五輪では、男子6種目中5種目で金メダルを獲得し、「水泳ニッポン」の名を欲しいままにしました。

 女性がプレイするのはバスケットボールだけで、他に卓球を観戦する着物姿が見えるだけです。男性向け雑誌であるとしても、女性がスポーツをすることへのまなざしの偏りを感じます。

外来のスポーツが多くのマスを占めるなか、柔道、剣道、弓道、相撲もしっかり描かれています。「武道は外来のスポーツとは異なる日本古来、固有の文化である」とする主張がそこにはあります。

 スポーツによって躍動する身体が、マス目から飛び出してくるようです。しかし、徐々に軍靴の足音が高くなり、スポーツも戦争に利用されるなど、悲しいスポーツの時代へ突入して行くこととなります。

 「新案」とは、遊び方に「飛び双六」と「点取り競争双六」の2通りの意味があるようです。

 

 

 

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