大日本武徳会
大日本武徳会は、1895(明治28)年に各武術、各流派を統轄し、国民の士気の高揚と武術の保護・振興をはかるために設立された組織で、皇族を総裁にし、各府県に支部を置き、知事を支部長とする半官半民組織の巨大な勢力をもっていました。日中戦争下の1938(昭和13)年には会員数は300万を越えていました。
1946年(昭和21年)、GHQ指令により強制解散となりました。
大日本武徳会会員之証 会員之章
台湾に現存する旧武徳殿
日本統治時代、武道と尚武精神を広めるため、大日本部武德会が台湾の各地に武德殿を建てて、武道館としました。
戦後、さまざまな用途に転用され、荒廃していたところもありましたが、1990年代末には多くが文化財に指定、整備され、日本文化の紹介、観光、文化施設などに使われています。
台南・忠義小学校講堂 (大日本武徳会 台南支部)
彰化市武徳殿
1930(昭和5)年落成
高雄市武徳殿 (大日本武徳会 高雄支部)
1924 (大正13)年落成
「大日本武徳会」高雄支部であり、「振武館」と呼ばれていました。現在、剣道の稽古もおこなわれています。
高雄・旗山武德殿藝文中心(旗山武徳殿)
1994年の火災によって外壁を残し消失、2000年には再建工事が行われましたが、屋根全体に強化ガラスが採用されたため、不評を買っていました。その後、カフェとして使用された期間を経て、2014年には再度、修復工事が行われました。現在は展示ホールになっています。
旧武徳殿の背後に広がる中山公園は、終戦まで鼓山公園と呼ばれていました。旗山神社が鎮座し、山全体が神苑とされていました。
現在は復元された参道脇には、これまた復元された石灯籠が並んでいます。参道を上がった先は、「高雄市孔子廟」によって削り取られてしまっており、わずかに神社があったことを示すモニュメントがあります。
第5代台湾総督佐久間左馬太が記号した「精忠護国」碑は今も往時の姿を留めています。
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