女相撲 ①石山女相撲
「女相撲」は『日本書紀』にも見られ、江戸時代には興行としておこなわれるようになり、明治になると禁止令が出されるほどの熱狂ぶりとりました。
明治から昭和(戦前)までの女相撲興行団は「高玉一座」と「石山女相撲」に代表され、海外巡業を実施するほどの成長を遂げます。1930(昭和5)年には石山女相撲25名がハワイにて約半年間の興行をおこない、1936(昭和11)年には高玉一座が南洋諸島と呼ばれた地域(サイパン、トラック、パラオなど)へと巡業に出かけています。
石山女相撲
(明治末期)
(明治末期)
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