« 2021年10月 | トップページ

現代流行双六(1901)

良家のお嬢さんの暮らしへの憧れ 〔大正期〕

1901  

第1回国勢調査が実施されたのがこの双六と同じ大正9年。当時、人口も平均寿命も現在の半分ですが、15歳未満の人口の割合は現在の3倍です。

就業者の過半数が第一次産業に従事し、例えば農家に生まれた女子は農作業や家事を助け、結婚・出産・育児を前提とした人生を送ることを当然のことと受け入れていたことでしょう。

振出しは、きれいな着物をまとって自動車でのお出かけから始まり、さっそうと自転車をこぎ、夜会での洋装など、全国の子どもたちが憧れる“いいとこのお嬢さん”の暮らしぶりが描かれています。

「洋行」は実業家の父か、高等遊民の兄が欧米へ遊学する見送りでしょうか。上りは、父のような資産家との披露宴です。

明治婦人双六(1910)

就学率が高まり「良妻賢母教育」が推進された 〔明治後期〕

_1910 

明治40年に小学校6年制の義務教育が確立し、女性の就学率が37%から96%へと向上しました。

明治時代の女子の教育は、本分を「妻母」であるとみなし、育児と家庭創造の能力を高めることを目標としていました。

良妻賢母を理想像として掲げ、男子に比べて著しく低い、技芸にかたよった教育が高等女学校を中心として実施されていました。

振出しが4つあり(くじを引いて決める)、「女工」「令嬢」「女学生」「女中」となっており、家庭環境が反映された始まりとなっています。

「裁縫」「料理」「掃除」「洗濯」などの家庭内の役割や仕事を紹介しつつ、伝統的な仕事として、「女絵師」「手工」「女髪結」、新しい職業として「女教師」「女医」「女事務員」「看護婦」「電話交換手」などがみえます。

上がりは「一家団欒」で、高齢の義父母、夫、子ども3人がゲームを囲んでいます。典型的な良妻賢母のシーンです。

当世少女すご六(1917)

 

婚礼需要によって発展した百貨店 〔大正期〕

_1917 

大正時代,消費市場が飛躍的に拡大し、百貨店は都市部だけでなく地方都市でも設立されるようになりました。

婚礼は,百貨店にとってターゲットを広げる貴重な機会。婚礼支度という大きな需要に的確に応えた百貨店は、売上高を増加させていきました。

双六には、婚礼に至るまでの少女のライフステージが描かれており、その時々における百貨店とのかかわりというマーケティング戦略を読み取ることができます。

振出しは「家庭」から始まって、「幼稚園」から学校に入学・卒業、そしてあこがれの職業「事務員」「婦人記者」と人生のステージを歩んでいきます。

当時の女性観が伺えるのが「看護」、また、女性としてのたしなみごとを身に着けるための「行儀見習い」などが見えます。

「誘惑」では、何やら手を引かれています。その先には「新しい女」があります。「新しい女」とは、当時の辞書には「古来の因襲を脱して婦人の地位を時代的に、思想的に、自覚して活動する婦女子。又は新奇を追い、女としてある間敷き行為をする女。出過ぎた女。モダンガール」と書かれています。

女性たち、とりわけ「新しい女」たちにとっては、必ずしも穏やかで生き易い時代ではなかったはずです。

« 2021年10月 | トップページ