収蔵資料B-a 民族スポーツ

下駄スケート

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竹下駄

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ぞうりに竹をはり付けた「竹下駄」

下駄スケート 紐固定

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鼻緒についた紐で足首に固定させるタイプ

雪スケート

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下駄スケートの後に登場した「雪スケート」です。雪スケートは、金属製の歯を皮バンドで長靴に固定して滑走するもので、雪の上で滑って遊んだことから、そのように呼ばれるようになったようです。「機械スケート」とも呼ばれたり、また歩くとガチャガチャと金具が音を立て、ガチャ、とか、ガチャスケートとも呼ばれていました。

下駄スケート ホッケー型

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日本で考案された下駄スケート

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日本で考案された下駄スケート

氷の条件に恵まれ、のこぎりの産地として良質の鋼が供給できる諏訪湖周辺が生産の中心地となり、明治、大正、昭和にかけてつくられました。

起倒流伝書 『天巻』

 

起倒流は、天神真楊流とともに講道館柔道の基盤となった流派として知られます。

起倒流には今日に伝わる重要な伝書が5巻(『本體』『天巻』『地巻』『人巻』『性鏡』)あります。

 『天巻』には、起倒流の最重要概念である「本体」が説明されています。 

 

当流に、本體と云ふことを始めに示す。本體とは何を云かとなれば、心裏虚霊にして神気不動の貌をさして云ふ。敵に対するに爰に敵ありとの意起るときは、動ずるもの顕はる。動ずるに至りては一身空し。敵と見てしかも不動。虚霊にして安泰する所、本體備はるなり。是を不動智と云ふ。

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女相撲 ②高玉一座

高玉一座

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不明

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(明治末期)

女相撲 ①石山女相撲

 「女相撲」は『日本書紀』にも見られ、江戸時代には興行としておこなわれるようになり、明治になると禁止令が出されるほどの熱狂ぶりとりました。

 明治から昭和(戦前)までの女相撲興行団は「高玉一座」と「石山女相撲」に代表され、海外巡業を実施するほどの成長を遂げます。1930(昭和5)年には石山女相撲25名がハワイにて約半年間の興行をおこない、1936(昭和11)年には高玉一座が南洋諸島と呼ばれた地域(サイパン、トラック、パラオなど)へと巡業に出かけています。

 石山女相撲

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(明治末期)

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(明治末期)

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